大判例

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山鹿簡易裁判所 昭和39年(ほ)1号 決定

請求人 小材学

決  定

(請求人氏名略)

(右代理人弁護士氏名略)

右請求人に対する公職選挙法違反被告事件の有罪確定判決(昭和三九年五月一日最高裁判所第三小法廷において上告棄却決定、同月八日確定。)に対し、右請求人より再審の請求人より再審の請求があつたので、当裁判所は検察官および再審請求人(代理人)の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文

本件再審請求を棄却する。

理由

一、本件再審請求の理由ならびに請求代理人の意見。

本件再審請求の理由の要旨は、

再審請求人(元熊本県議会議員)は昭和三八年二月二一日山鹿簡易裁判所において公職選挙法違反被告事件につき罰金五千円(換刑処分金五百円を一日に換算。)、選挙権、被選挙権二年間停止の判決を受け、これに対し控訴、上告を申立てたがいずれも棄却されて右判決は確定したものであるところ、右判決によると、「再審請求人(被告人)は昭和三七年七月一日施行の参議院議員通常選挙に際し、熊本地方区から立候補した園木登の選挙運動者であるが、同人が同選挙に立候補すべき決意を有することを知り、相被告人丸山勉二郎と共謀の上、右園木に当選を得しめる目的をもつて未だ同人の立候補届出のない同年五月二日熊本県鹿本郡植木町大字一木五九二番地植木町中央公民館において開催中の同町嘱託員会議に臨み出席中の同選挙の選挙人梅原隆一等多数人に対し右園木登に対し投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動方を依頼しその報酬として二級清酒五本(九リツトル)時価二千三百円相当の供与の申込をなすと共に立候補届出前の選挙運動をなしたものである。」というにあつて、請求人は請求外丸山勉二郎と共謀して判示のような清酒五本の供与の申込をしたものと認定されている。

しかして原判決引用の証拠と照合すると、第一、二審は右供与の申込は請求人小材学が発意して自ら清酒五本を森酒屋に注文したものであり、請求外丸山勉二郎は右請求人に誘われてこれに同調したに過ぎないものと認定したものであることが明らかである。

しかしながら、右認定は全く誤りであつて、右清酒を注文しこれを嘱託員会議の出席者等に提供しようとしたのは請求外丸山勉二郎であつて、請求人小材学ではない。

丸山勉二郎は昭和三七年五月二日午前十時頃小材学と何ら相談することなく、自己の一存で森酒店に清酒五本を注文したうえ、判示嘱託員会議の終了後宴席でみずから酒をもつて議長席の向つて左側にある事務局の机の上に持つていき、これを供与しようとしたものであること、並びに丸山勉二郎は同年六月中旬頃右事実について警察が捜査を始めていることを聞いた際、同人は参議院議員地方区選挙の候補者園木登とは、同人が山東農業協同組合の組合長であり、丸山が同組合の参事であるという密接な関係上、園木登のための選挙運動の最高責任者として采配を振つていたという事情もあり、もし丸山が取調べられるようなことになれば、その取調べからさらに選挙違反の事実が表面化し候補者園木登自身にも累を及ぼすおそれがないとはいえないと考え、何とか善後策を講じなければならない苦慮した末、部下職員の林田幸人を熊本県販購連の白川寮にいた小材学の許に相談にやつたところ、同人は右丸山に比較すれば、候補者との関係も薄く、選挙運動者としての地位もさほど重要でもなかつたところから、小材の取調による打撃はより僅少であろうとの判断の下に、小材が丸山の犯罪をかぶり、小材において酒を注文して供与しようとしたということにしておいてくれとの返事を与えたので、この両者間の話合いに基づいて、丸山勉二郎は森酒屋の店主森克己および同人を介してその妻森幸子に対して小材から注文があつたように捜査官に偽りの供述をするよう依頼したのである。

かくて捜査の段階においては、各関係者は、右の申合せの事実に符合するような供述をなし、これらの供述調書の記載が証拠となつて第一、二審判決のごとき認定がなされたものである。

しかして右事情の詳細は丸山勉二郎等八名の報告書により明白に証明されうるところである。

しかも、これらの証拠はいずれも、小材学に対し無罪の言渡をなすべき明らかな証拠であり、しかもあらたに発見されたものである。

よつて、刑事訴訟法第四三五条第六号に該当するものとして本件再審の請求をするものである。

というのである。

なお請求代理人は、検察官の「本件再審請求は再審請求権を有しない弁護人たる代理人によつてなされたものであるから不適法である。」という意見に対しては、かかる考え方は弁護権の重要性が認められなかつた旧憲法下においてのみ成り立ち得る見解であつて、刑事弁護人の地位が飛躍的にその重要性を加えた新憲法下においては到底妥当するものでない旨、また検察官の「本件再審請求はその趣意書に原判決の謄本を添付しておらないので右請求は法定の手続に違背するものである。」という意見に対しては再審請求は必ずしも要添付書類の追完を許さないものではない旨、それぞれ申述した。

二  検察官の本件再審請求に対する意見

検察官は本件再審請求に対し、(一)およそ再審の請求権者は刑事訴訟法第四三九条に規定されているとおりであり、有罪の言渡を受けた者が請求権を有することは勿論であるが、請求権者が現実に再審の請求をなすについては自ら直接これをなすべきものであつて、同人によつて選任された弁護人が代理人として再審請求を行うことは不適法と解される(昭和一六、五、八大審院判決、刑集二〇、三七五頁参照)ところであり、本件代理人によつてなされた再審の請求は不適法と謂わなければならない。(二)また、再審の請求をするにはその趣意書に原判決の謄本、証拠書類および証拠物を添えて管轄裁判所に提出しなければならない(刑訴規則第二八三条)ものであるところ、本件再審請求書は右判決謄本の添付を欠いているので法定の手続に違背すること明らかである。したがつて以上いずれの点よりするも、本件再審の請求は不適法として棄却さるべきものである旨申述した。

三  当裁判所の判断

よつて審按するに、先づ本件再審請求書をみるに、同請求書は冒頭の請求人欄に請求人小材学、右代理人弁護士伊達秋雄と右両名の氏名を並記し、その後に「右請求人に対する公職選挙法違反被告事件について左記の理由により再審の請求をする。」旨記載して、右伊達秋雄の署名押印のなされていることが認められる。(このことは右請求書の記載自体に徴し明らかである。)

そうすると、本件再審の請求は請求人小材学が右再審請求のため選任した弁護人(右請求人が伊達秋雄弁護士を右弁護人に選任したことは同選任届によつて明白である。)によつて行われたものであることは明らかであるので、斯かる弁護人が代理した再審請求が適法であるか否かについてまづ判断を加えることにする。

刑事訴訟法第四三九条第一項は再審の請求は左の者がこれをすることができると規定し、右請求権者として、検察官(一号)、有罪の言渡を受けた者(二号)、有罪の言渡を受けた者の法定代理人及び保佐人(三号)、ならびに有罪の言渡を受けた者が死亡し又は心神喪失の状態に在る場合にはその配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹(四号)を挙げている。

しかして、右のように再審の請求をすることができる者を号別に明示して補充的な請求権者例えば刑事訴訟法第八二条第二項所定の利害関係人のごときを除外している右刑事訴訟法第四三九条第一項の立言形式から、同条は再審請求権者を限定的に規定したもののようにみられ、また被告人の明示した意思に反しない限り弁護人は単独で上訴をなし得る旨を定めた刑事訴訟法第三五五条、第三五六条のような規定が再審に関しては設けられておらないということから、弁護人はその固有の権限として再審請求をなし得ないものであることも明らかである。

したがつて、弁護人による再審請求の適否は結局斯かる訴訟行為が弁護人の一般的な任意代理として認め得られるか否かということに帰着するものといわなければならず、訴訟行為の代理は特に明文をもつて許容せられた場合に限るという旧来の伝統的な判例理論の上に立つ限りは、斯かる明文の認むべきものがない再審請求の弁護人による任意代理は否定的に解せられなければならないことは、けだし当然であるといわなければならない。(昭和四年五月二〇日付ならびに同一六年五月八日付の各大審院決定はこの見解に立つものと考えられる。)

しかし、訴訟行為の代理を右のように限定的に解しようとする考え方は、訴訟行為中には証拠書類や証拠物の取調、証人尋問ないし証人の供述等のように直接裁判官の心証を形成し事件の実体を形成するのに役立つところのいわゆる実体形成行為のほか、それとは全く異質の、例えば各種の申立、主張ないし請求等のようないわゆる手続形成行為なるものの存することを看過した立場に立つものといわなければならない。

けだし、前者即ち実体形成行為について代理を認めるときは実体的真実を誤るおそれがあるので輙くこれを許容すべきでない(この部面においては余人不代替の原則が支配しているものとみるべきである。)が、後者即ち手続形成行為については当該行為が手続の確実性を害したり当事者の利益と牴触するおそれのないものである限りその代理を認めても何ら差支えがなく、かえつて訴訟経済に叶う場合もあり、また当該行為の性質、例えば高度の法律的技術的な知識を必要とする訴訟行為にあつては本人主義(訴訟行為は当事者本人に限る原則)によることの困難な場合も存するのに拘らず、刑事訴訟法は行政不服審査法におけるがごとく裁判所もしくは検察官に対し、一般的に教示義務を負担せしめる旨の規定を欠いている(尤も略式手続については刑事訴訟法第四六一条の二が検察官に対し、また同法第四六四条が裁判所に対し、それぞれこの教示義務を負わせている例外も存するが。)ので刑事訴訟法は当事者の各種申立を内容とする訴訟行為については法律専門家たる代理人を関与せしめる必要性を当然のこととしてこれを予定しているものともいうことができるのである。

旧来の伝統的な判例理論が明文のある場合を除いて訴訟行為の代理を否定的に解しようとする立場をとつて来たのは、おそらく刑事訴訟行為はすべて有罪無罪の認定に直結するものであつて本質的に代理に親しまない性質のものであると考えたことと、訴訟代理を原則的に認めることにより法律専門家としての正規の資格をもたない、いわゆる三百代言の介入跳梁を招く結果になることをおそれたためであると考えられるのであるが、既述したように刑事訴訟行為中にも有罪無罪の実体形成に直接寄与することのない、いわゆる手続形成行為もあるので、刑事訴訟行為がすべて代理に親しまないものであるという考え方は成り立たないのみならず、三百代言の介入のごときも、代理人を弁護士たる有資格者に限定することにより未然に防止し得ることであるし、新憲法下における弁護士の地位は旧憲法下におけるそれに比し格段の重要性を加え、基本的人権を擁護して社会正義を実現するという公益的性格を著しく濃化していることに鑑みるときは、明文がなくとも弁護士たる弁護人は被告人、被疑者がすることができるすべての行為について、その性質が代理を許さないものでない限り、包括的に代理権を有するものと解するのが相当であると考えられるのである。

右の見地に立つて検討するときは、再審請求は訴訟行為中余人不代替の原則が支配していない、手続形成行為の範疇に属することが明らかであつてその性質が代理に親しまないものでないことは勿論、その手続には趣意書提出のほか、証拠書類及び証拠物の添付等も要求されており(刑事訴訟規則第二八三条参照)、また再審理由の判断にも高度の法律的知識を必要とする(刑事訴訟法第四三五条参照)ので、法律専門家による代理請求の必要性は極めて大であるというべきである。

「検察官以外の者は再審の請求をする場合には弁護人を選任することができる。」旨の刑事訴訟法第四四〇条の規定も斯かる必要性に応ずるため設けられたものであると理解しない限りその実質的意義は始んど失なわれることになるのみならず、同条が「再審の請求をした場合」と立言せずに「再審の請求をする場合」と立言している文理自体からも再審の請求手続自体に弁護人の関与し得ることを当然に予想している法意と窺われるのである。

しかして、本件再審請求が有罪の言渡を受けた者(固有の再審請求権者)によつて選任された弁護士たる弁護人によつて代理されているものであることも前述のとおりである。

そうすると、本件再審請求は有罪の言渡を受けた小材学が直接自らこれをなさず、その選任した弁護人伊達秋雄を代理人としてこれをなしておるものではあるが、右請求手続を違法とすべき理由はないものといわなければならないのである。

かかる結論は前記判例(昭和十六年五月八日付大審院第一刑事部決定。刑集第二〇巻三七五頁)の趣旨に背馳するものであるが、右大審院判例は、前記のような訴訟行為論の発展、とくに訴訟行為の分析により代理に親しむ訴訟行為の存在を否定し得ざるに至つたこと、ならびに弁護人、とくに刑事弁護人の新憲法下における地位権能の飛躍的向上という新らしい事情等によつて当然改められるべきものであると考える。

右のように本件の弁護人を代理人とした再審請求は適法といわなければならないが、さらに進んで右請求趣意書の添付書類等について検討するところ、右趣意書には証拠書類として丸山勉二郎等八名作成の伊達秋雄弁護士宛の報告書と題する書面八通が添付されておるのみで、原判決の謄本を欠いておる事実が明認される。

しかるところ、再審の請求をするには、その趣意書に証拠書類及び証拠物のほか、原判決の謄本を添えて管轄裁判所に提出しなければならないものであることは刑事訴訟規則第二八三条の明示するところである。

そうすると、本件再審請求は結局その手続が法定の方式に違背する違法があるものといわなければならない。

請求代理人は再審請求趣意書に原判決謄本の添付を欠いてもその追完は可能であるから、斯かる場合再審請求は直ちに棄却さるべきものではない旨申述するが、原判決の謄本は再審請求にあたり、その趣意書に不可欠的な添付書類として具備されることを要求されている(これは現行法制下においては判決原本を含む刑事一件記録が悉皆検察庁に引継ぎ保管され、裁判所にはいかなるものも残らず、裁判官は事件の片鱗をも窺い知ることができないということから要請されているものと解せられる。)ものであり、また確定判決の法的安定性を尊重し、再審に関する当事者の安易な態度ないしは濫訴を手続面において可及的に控制しようとする再審手続厳格性の法意に徴するときは、特段の事由の存する場合、例えば再審請求の認容されるべき蓋然性が極めて高度、かつ顕著であつて、原判決の謄本欠缺というがごとき瑕疵はこの場合始んど問題視するに足らない状況にあるとか、再審請求者が盲人、聾者もしくは全くの文盲等であつたり、あるいは再審管轄裁判所に対応する検察庁(記録保管庁)から相当遠隔の地に在る刑務所に現に服役中である等、原判決の謄本その他添付書類の整備に異常の努力を必要とし、その条件付追完(例えば裁判所が一定の提出期間を定めてその追完方を催告する等の方法による追完。)等を認めても再審手続の厳格性を弛緩させるものとはみられない場合、また、あるいは弁護人が選任されておらず、請求人本人によつてなされた再審請求であつて、趣意書提出時、判決謄本等添付書類を欠いていたが、本人の自覚もしくは裁判所係員の注意等によつて間もなく追完された(しかし、この場合はおそくも相手方の意見聴取前に添付書類の追完されることを要するものと考える。)場合(教示義務の規定を欠いている現行法制下においては斯かる場合にも追完救済の妥当性があるものと考えてよいものと思科する。)、その他これらの場合と同価値視すべき場合等を除いては、原則として再審請求趣意書における原判決謄本等添付書類の追完は許されないものと解するのが相当である。

しかして、本件再審請求については、右に述べたような添付書類(原判決の謄本等)の追完を許容するを相当とすべき特段の事由は何ら認められないのみならず、未だ正式に右原判決謄本追完の手続もなされておらず、したがつて、前記の如く本件再審請求手続が法令上の方式に違反していることは明らかであるので、再審理由の有無について判断するまでもなく、本件再審請求は棄却を免がれないものであるといわなければならない。

よつて刑事訴訟法第四四六条、刑事訴訟規則第二八三条、第二八六条を適用のうえ、主文のとおり決定する。

(裁判官 石川晴雄)

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